2月1日にミャンマー国軍が起こした軍事クーデターに対し、現地では市民による非暴力での抵抗運動が続けられています。クーデターに抗議する市民らへの残虐な弾圧を強める軍の暴挙で連日多数の市民が犠牲になる中、母国の深刻な現状に心を痛める在日ミャンマー人たちも東京都内で「不服従運動」を行っています。タイや香港などで独裁への抵抗の象徴として掲げられてきた「3本指」のサインを示しながら、日本の地から意思を示し続ける在日ミャンマー人に迫りました。
有田崇浩(編集部)
若い子たちに平和を
3月20日、東京・渋谷の国連大学前。ミャンマーの市民を軍のクーデターから救うために国際社会に積極的な関与を求める在日ミャンマー人の若者25人がハンガーストライキを行っていました。ほぼ全員が自発的に集まってきたのだといいます。25人とともに、応援に駆け付けた多くの在日ミャンマー人も3本指を掲げて街頭で訴えました。
「ミャンマーに平和が欲しい。後輩や若い子たちが勉強できるように」
こう語るのは、ハンストに参加した一人、来日して4年になるテッテッチョエさん(27)です。日本でエンジニアとして働いています。2月1日の軍事クーデター発生後、母国を案じて都内での抗議行動に参加し続けています。
「私たちは日本にいて寝ることも食べることも安心してできるけど、ミャンマーの子たちは眠れない日々を過ごしている。ミャンマーのみんなと一緒の心だよという気持ちを示したかった」と、テッテッチョエさんは、記者の取材に自ら歩み寄ってハンストに駆け付けた思いを話します。軍の行為で未来ある若者の命が奪われ続けていることが何よりも悲しいと訴えます。
「こうしている間にも、ミャンマーでは軍が銃を向けて若い子たちが犠牲になっている。将来、エンジニアやお医者さんになろうという夢を持っていた子もいたはず。それを思うと心が痛い。私は大学を卒業したけれど、今、ミャンマーの若い子は勉強することも何もかもできなくなった」
テッテッチョエさんは、3本指を掲げて訴えます。
「ミャンマーの子の平和は私の平和。とにかく平和で勉強できるようになってほしい。私がデモをやっているのはそのためです」
48時間のハンストが終了したのは、22日朝。21日には強い風雨に見舞われた中、25人全員が最後まで意思を示し続けました。
「世界の家族」として
3月27日、東京・表参道では、在日ミャンマー人ら約1500人が軍のクーデターに抗議するデモ行進に集まりました。この日は、ミャンマーの「国軍記念日」とされている日です。参加者は、全員がマスクを着けて整然と訴え続けました。
「日本政府・国際社会はミャンマー国軍に圧力を!」
「2021年民主化運動は勝利するぞ!」
デモ隊列の先頭でスェイさん(27)がコールをすると、参加者は「アゥンヤーミー(勝利するぞ)」「ドッアイェー(私たちの権利を守るぞ)」と応えます。1時間にわたって、3本指を掲げるアピールが続きました。
「ミャンマーを平和にしたい。民主主義を取り戻したい。とにかくミャンマーを助けてほしい」
終始コールのマイクを握り続けたスェイさんは、訴えに込めた思いをこう語りました。来日して8年、会社員として働いています。クーデターが起きて以降、ミャンマーにいる母となかなか連絡がとれない状況なのだといいます。
「ヤンゴンは戦場のよう。この状況を早く終わらせたい。国外にいるミャンマー人として何もできないのが悔しいけど、東京で訴え続けるしかない」
スェイさんは、日本の市民にミャンマーの現状にもっと関心を持ってほしいと訴えます。
「日本はミャンマーとの関係が深い国。政府も企業も軍事クーデターを絶対に認めないでほしい。私は日本が好き。日本の方にも『世界の家族』として、ミャンマーの現状を知ってほしい」と、スェイさんは3本指のサインを示し続けます。
「在日ミャンマー人は、日々ニュースを見ながら言葉にできない『痛み』を感じている」
こう訴えるのは、在日ビルマ市民労働組合のミンスイ会長です。ハンストやデモなど在日ミャンマー人の若者による行動を支え続けています。ミンスイさんは、日本政府にミャンマー国軍に対し、断固とした態度をとるよう求めています。
「ミャンマー国内には、日本企業が430社以上あり、日本はミャンマーとの関係が深い。日本政府が『国軍とはつながらない』ということをはっきり表明する意義は大きい。非暴力で訴え続ける市民に寄り添った言葉も欲しい」
遠く日本から母国を思う在日ミャンマー人による不服従運動が続きます。
『平和新聞』4月5日号掲載
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