平和新聞 Peace Journal

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馬毛島のマゲシカ 基地建設計画で絶滅の危機に 保全生態学者・立澤史郎さん(北海道大学大学院助教)にきく

 

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たつざわ・しろう 北海道大学大学院文学研究院助教保全生態学者として二ホンジカ、トナカイ、ヌートリアなどの野生動物の生態を研究。1987~2000年にかけて馬毛島でマゲシカの現地調査を実施

 

 

 防衛省は2月、馬毛島(鹿児島県西之表市)への米軍・自衛隊基地建設に向けた環境影響評価(アセスメント)の手続きを開始しました。基地建設計画で懸念されるのが絶滅のおそれのある地域個体群に指定されているマゲシカの生息環境への影響です。基地建設計画との関係をマゲシカの生態に詳しい北海道大学大学院文学研究院助教保全生態学者)の立澤史郎さんに聞きました。

 

聞き手・構成=有田崇浩(編集部

 

 ――マゲシカは島内でどのような生態で生き残って来たのですか?

 

 マゲシカは、二ホンジカの亜種とされます。遺伝学的には種子島のシカとほぼ同じですが、マゲシカにはマゲシカの生態があります。オスは草原に、メスは森林に生息し、島の限られた食物環境に適応しながら生きてきました。季節風が当たり環境が悪くなりやすい草原にいるオスは死亡しやすく、メスは産仔制限能力(=出産の制限や調節をする能力)が高い。この特徴の中で1000年以上にわたり、馬毛島で独自の集団を形成して生き残ってきたのです。

 歴史的・文化的には、マゲシカは隣の種子島の人々とともに歩んできました。マゲシカが1000年以上にわたり生き残って来た証しとして、奈良時代に鹿皮が朝廷に献上された記録が残っています。種子島天然痘が流行した時には、オスのマゲシカの角を漢方薬に利用したりしています。馬毛島種子島が一体であったことを示す「生き証人」でもあるのです。

 

◇頭数は半減

 

 ――島の開発が行われ、マゲシカの現状はどうなっていると考えられますか?

 

 私は、1987年からマゲシカの研究を始め、2000年まで毎年馬毛島での調査活動を行っていました。また、鳥や海岸生物などさまざまな分野の研究や子どもたちの自然体験活動もありました。しかし、前の地権者であるタストン・エアポート社(当時=馬毛島開発)による大規模な開発が始まった2001年以降は誰も島に入れなくなりました。マゲシカをはじめすべての研究や教育活動が止まってしまったのです。

 2000年頃には、島内に600頭近くのマゲシカが生息していました。見せかけの滑走路敷設などの乱開発でマゲシカが生息できる面積が半減し、食物がある場所や季節風を避ける場所も少なくなってしまいました。それに応じてマゲシカの数も減り、2011年にヘリコプターで上空から頭数を数える調査をした際には、270~280頭程度にまで減っていました。森林が減り、そこにシカが集中することにより植物にプレッシャーを与えていると考えられるので、シカと森林の関係も悪いループに入っている可能性があります。

 

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マゲシカのメス

 

◇絶滅危惧に

 

 ――基地建設計画では、マゲシカの生態に与える影響が踏まえられていません。

 

 昨年行われた西之表市での基地建設計画に関する住民説明会では、地元の方が「基地ができたらマゲシカはどうなるのか」と質問し、防衛省側は「島の中に保護区をつくる」と答えたそうです。しかし、現在の事業計画でマゲシカを残すことは限りなく不可能に近いと思います。防衛省による基地建設の事業計画区域は、島の総面積(820㌶)の9割(718㌶)におよびます。残り1割は島の北西に当たり、3カ所に分断されています。しかも、いずれも森林がない上、季節風が当たりやすく死亡率が高い場所です。メスと子どもは森林がないと生きていけません。この状態でマゲシカを野生集団として残していくことは無理でしょう。

 マゲシカは8平方㌔㍍の馬毛島を全面的に活用することで生き延びてきた集団であり、生息環境の変化に敏感に反応します。生息できる区域が10分の1になったら個体数も70~80頭に減っていくと考えられます。国際自然保護連合(IUCN)では、500頭以下の個体数を絶滅危惧の基準として定めています。すでにそれを下回っているのに、基地建設によって個体数が減っていけば、絶滅に近づくことになります。

 

 

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マゲシカのオス

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マゲシカの子ども

 

◇環境を無視

 

 ――防衛省による環境アセスの問題点は?

 

 現在の事業主は国ですが、タストン・エアポート社による工事の大部分が違法であったことが、地元の漁師さんたちが起こした裁判の中で認定されています。

 工事により土砂が海に流れ出たことに加え、森林を伐採・伐根して谷や川を埋め、盛り土するという悪質な工事でした。森林法違反で、生物多様性の根っこを絶やすという許しがたいものです。

 今回、防衛省が開始した環境アセスには、保全生態学の研究者としても大きな疑問を感じています。計画段階における配慮や対話がなく、前地権者の工事で違法とされた部分の環境復元も行われていないからです。

 また、島の外周道路を造るとされている自然海岸部分は、アセスの対象となっていません。ここは、天然記念物であるオオヤドカリなど多様な海岸生物の生息地であり、ウミガメの産卵地でもあります。加えて、海上ボーリング調査も対象から外れています。生態系・生物多様性への悪影響が危惧される部分がアセスの対象から外されているのです。

 今回の環境アセスはあまりにも時期尚早である上、地元の理解を得られているとも到底いえません。このような形で基地建設がすすみ、マゲシカをはじめ馬毛島の生物・自然環境が危機に追いやられることを私は容認できません。

 

 *写真はいずれも立澤さん提供

 『平和新聞』2021年3月25日号 掲載